なおや
1)菜食を決意した理由といきさつ
アメリカに来て、レストランなどで、あまりにもどの料理もおいしくなかった。肉などを食べておきながら、まずい!というのは、動物たちに対して大変失礼だし、しかも、まずい肉にとても感謝できないので、それなら、いっその事食べなければいいと思うようになった。
2)その後の苦労話
なかなか、完全菜食の外食をする事が出来ない。いちいち友人に説明するのが面倒。
3)菜食を続けてよかった点、悪かった点
良かった点:たまに出る吹き出物が減った。排泄物、汗、などのにおいが減った。人に対してだけで
なく、動物に対してもより思いやりをもてるようになった。健康について考えるようになった。病院は
遠くなった。
悪かった点:肉食、菜食の是非について、論議すると、いつも論破し、肉食人間を悪人にしてしまう。
たまたまインターネットで、環境省が二酸化炭素排出削減を目指して、8時に消灯する事を知りました。
なんて消極的な試みだろうと思って、他にどんな事をしてるのだろうと環境省のホームページを見てみました。
何と、菜食が推進されてません。どうして?
地球の温暖化を減らしたいのなら、まず、肉食を減らす!ですよね?
肉食を減らす事で、温暖化対策になる事を、環境省のお偉いさんに説明して頂けませんか?
環境省のホームページ www.env.go.jp/moe-mail.html
(戻る)
miyo
去年(2005年)の9月頃に親友がベジになった。
屠殺の現状などを見て「もう、気持ち悪くて食べれない・・・」と思ったらしい。
この時は「気持ち悪くて食べれない」って感情がよく分からなかった。
私も早速ネットであさる様に実態を見た。
逃げ回る豚・血が滴ってる牛・ギュウギュウ詰めの鶏。恐怖と悲しみで一杯な現実・・・。
「何でそんなに叩かなアカンねん!!」「やめて〜!」パソコンのモニターを見ながら声が出ていた。
中でも衝撃的だったのがケンタッキーとマクド・・・この日がきっかけとなり立ち寄ることもなくなった。
でも、私はこの時点でベジになる。っていう風にはならなかった。
旦那は大の肉好き。しかも動物愛護的なことにはさほど関心はない。
『もし、私がベジになったら料理は別々の献立にしなくちゃならないな・・・大変だ。』
『目に見えている肉そのものだけじゃなく、動物性のエキス、卵、牛乳・・・たくさんダメになる。できるかな・・・。』
それからの買い物は憂鬱で、肉を手に取ってる自分が悪魔か!?とすら思えた。
スーパーで陳列された肉を見るたび自分の良心が痛んだ。
さすがに進んで『お肉食べたい!』って感情にはならないが、急に食卓から肉を消すことには抵抗があった。
出来るだけ廃棄処分されるであろう黒ずんで見た目の悪い肉を買うようになった。
同時にこの頃から、肉を残したり処分したりすることが罪なことに変わっていった。
食べられる肉=有意義な肉ではないが・・・「捨てられる肉=無駄な死」私にはこう思えた。
元々、肉に限らず、食べ物を平気で残す人や、粗末にする人は見ていて嫌な感情にさせられることがよくあったんだけど、。
屠殺の現状を知ってから、そこには拍車がかかった様に思える。
ベジタリアン料理に関心が出てきて、色んなサイトでレシピやどんな食べ物があるのかを見るのが習慣になり、すごく勉強になるサイトもたくさんあった。
ベジに関してのサイトでよく「肉食は体に悪い」「牛乳は鼻炎のもとだ」と書かれている。中には「肉食は罪だ!」というのもあった。
私は、私自身が肉食で罪を感じることがあっても、人から「あなたお肉食べるの?!最低ね!」なんて言われたら腹が立つ。
今まで、普通に食してきたものが「体に悪い」なんて言われても・・・
牛乳を5年位飲まない生活をしてたことがあったけど、飲んでる今と変わりなく、その頃もひどい鼻炎だったよ・・・
肉食が体に悪いんじゃなくてって・・・食べ過ぎたりバランスが悪かったら、でしょ?
肉食は罪!体には毒!!肉食の人間を全否定しているサイトに反発すら覚えた。
様々なサイトを通して、食の問題にも興味を持つようになった。
今まで安ければ良いと思っていた野菜が、ちょっと位値段が上がっても新鮮で安全な物が良いと思うようになり、近所の朝採れたての野菜を買いに行くのが 習慣になった。
たくさんの採れたての野菜が並んだ売り場はとっても楽しくて、すごいパワーを貰ってる気がした。
こんな風に思える自分が意外だった。
宅配でも無農薬の野菜を取り寄せてみたり、今まで自ら買うことのなかったヒヨコ豆やレンズ豆を買ってみた。
お肉の料理より、野菜の料理は楽しくて、豆はカワイイな〜なんて思えたり♪
たまに、ベジ料理を生活に取り入れてみる様になっていた。
ちょうどそんな頃、いつも楽しみに見ていた「better than nothing 」(a-ma-o-toさん)のブログで
「ある日の誓い」というトリックスターブルーさん( ゆういちさん)の詩を読んだ。
僕は首都高速道路を走っていた・・
4トンの一番デカイトラックを運転して、鼻歌交じりに、自分の夢が一番デカイと信じていた・・・
そして、その命は何よりも尊いものと信じていた
だから毎日肉でも何でもクソ食らえと・・覚えた言葉、「感謝」を口にしては食って生きながらえて、食物連鎖の頂点などと息巻いていた・・
新しいものを買う・・そして、その時に出る「ゴミ」とされた家具や家電達・・それをある場所からある場所へ移動するのが僕のその時の収入源だった・・・
それらからしたら、僕は死神のような存在だった
ある日、隣を走る同じ大きさのトラックに気が付いた
というより、其の荷台に乗っていた「荷物」に・・
暗く成ったばかりの窓の向こう側には、黒い大きな目があった
しばらく時間が止まって何かを沢山聴いたようだった
そして、緑の丘、青い空と流れる雲、幸せそうな笑い声、美しい風景が見えるようだった
「もう食べないね・・」僕は声を出して言っていた
其の潤んだ目は悲しみに濡れているように僕には映った
そして、僕の言葉を聴いてくれたようにも感じた・・・
優しそうな其の大きな黒を僕は追い越していった・・・
それ以来、僕はベジタリアンという人種に数えられるようになった・・・
LOVE★PEACE&ECO・。。・・。。・・・。。・・v^0^v!
ゆういち。。
涙が止まらなかった。
詩を読んで以降、ベジになりたい!って思った。
なりたい!って変な表現かな?
私は肉を食べること買うことにストレスがあっても、食べるとそれは現実を知る前と変わらぬ味で・・・食べれてしまってた。
肉食を我慢することから始めるので、なりたいって憧れ的な表現になってしまう。
そこから、また「いきなりヴィーガンでも続けて行けるかな?」って不安が生まれた。
何日か葛藤があったけど「出来ない理由を付けてたら、いつまでたってもできない!」って結論になった。
自分なりに考えてノン・ミート・イーターからはじめてみることにした。
完璧じゃなくても良い。
出来ることがはじめよう!
私に屠殺の現実を教えてくれた親友。
様々な実態の情報をくれたサイト様。
素敵な詩で前向きになれる気持ちをくれたゆういち様
本当にありがとう。
home page: Delicious Life
(戻る)
paperupltuto
1)菜食を決意した理由といきさつ(きっかけ)
菜食になるまでは、肉料理が大好きでした。レストランではステーキ、鶏肉はとりわけ好きでした。
・・・しかし、その裏で殺されていく動物たちの事に全く気にも留めてなかったのです。おいしい、おいしいといって食べていました。
ですが、10年ほど前、だんだん肉を食べた後、罪悪感に襲われるようになり、「自分が肉、魚を食べないで一匹でもかわいそうな動物が減ってくれるならば!!」と思い一代決心をして、母に、「肉、魚食べるのをやめたい。」と言いました。その時は母も自分も長続きはしないだろうと簡単に聞き入ってくれました。
今年で菜食10周年です。
今も変わらず、肉、魚は食べていません。
前より増して、絶対に菜食はやめない!と言う気持ちは高ぶる一方です。
2)その後の苦労話
外食がほとんど出来なくなった事。
奇異の目で見られることです。
3)菜食をつづけて良かった点、悪かった点
動物を食べなくなった事で気が楽になりました。
罪悪感は感じないのですから。
いつも3日坊主なのに、10年続けれる事を誇りに思うようになりました。
悪かった点は、結局偏食(満遍なく食べたほうが良いと医者に言われました。)なので、体のバランスが崩れ、太ってしまった事です。
それでも菜食は辞めるつもりは毛頭ありません。(戻る)
ちゅあき
1 菜食を決意した理由といきさつ
子どもが先天性の病気をたくさん抱えていて、いろいろ模索しているうちに、たどり着いた。決意と言うよりも自然にそうなりました。
2 その後の苦労話
夫とその両親が肉好きなので完全な菜食主義とはなってません。
週2〜3回は食べるときもあります。魚も食べます。子どもが給食で肉、魚を食べられなかったら困る、とも思って。
3 菜食をつづけて良かった点、悪かった点
以前のように胃痛、腹痛で苦しむ回数が減った。生理痛も軽くなった。夫が肉を嫌うのを嫌がりますが悪いこととは思っていません。嗜好の違いなので。いつか夫も菜食になってくれればとは思いますが。(戻る)
Chiko
1)菜食を決意した理由といきさつ(きっかけ)
「カルネ」という映画で、馬を裁く映像を見ました。はじめはショックと「こんな映像を見てしまった自分はヤバイ」という思い出あたふたしたのですが、よく考えると自分が日常たべてる肉が全てそういう風に殺されているのだし、こんな風に動物が殺されているのは日常なのだと気が付いた。その後、「肉を食べなければ不健康になる」という偏見も、忙しいスケジュールで超活躍している海外の役者やミュージシャンを見ながらなくなり、いろんな本やサイトを読んで、むしろ肉を食べないほうがカラダに良いと知った。あとはもう迷わず、ベジタリアンになるしかない!と思った。
2)その後の苦労話
他のヒトにどう説明すべきか、というのは、いまだによく考える。
3)菜食をつづけて良かった点、悪かった点
<良かった点>
・自分で料理を作るようになって、色々勉強になってること
・体調がとにかくよく、人生で初めて健康的なダイエットに成功中
・精神的にも、スカっとしてる
・食肉や動物について調べて、色々と勉強になった
<困ってる点>
・偏見の眼差しで見られる機会が前より増えた。 (戻る)
yano
1)菜食を決意した理由といきさつ(きっかけ)
ここのサイトに行き着きビデオを見てとても驚いたことと同じ動物(命)なのに何故今まで気付かなかったんだろうという思いからです。
三味線や和太鼓の話で昔は猫や牛の皮が使われていたと聞いて酷いと思っていたんですが、このサイトを訪れて様々な他の動物達の毛皮にも言えるんだと気が付き始めました。
それに食糧面(穀物)の話も読み、「あぁ、確かにそうだ…」と反省した為です。
2)その後の苦労話
菜食を始めてまだ日が浅いのですが、魚を食べてもいいのかどうか悩んでいます。
やはり同じ命であるし、何だか迷っているような食べられないようなそんな気持ちで。
3)菜食をつづけて良かった点、悪かった点
胃がもたれなくなりました。
お肉を食べるとどうしても重くなっていたので、止めてよかったなと思っています。
MOM 以前から中途半端にベジタリアンをやってきましたが、現在ツワリのため肉・魚・卵・牛乳を食べられなくなりました。 良いきっかけが出来て毎日ツワリの辛さより動物を食べない心地よさが嬉しくて楽しいです。今年の夏、縁日でどじょうをすくってきましたが、他のすくっていた人たちは「もっとおっきい方が旨いんだ!!」とかいっていました。エサは何が良いか聞いたら笑われました・・・そんなどじょうちゃんは今日も元気に泳いでいます。
もともと動物が好きで自分の矛盾に腹をたてていましたが、今の状況がしょうがなくベジタリアンであることにかえって感謝しています。 一人目の恐ろしい体重増加も現在心配ないようですし、主人もなんだか応援してくれてます。
何故かESPカードがバンバン的中するようになりましたよ(笑) (戻る)
オルフェ
うちの猫が皮膚炎になってしまい、情報をネットで検索していたところ、 このホームページ「菜食のススメ」他、動物虐待について、動物実験について、 畜産、毛皮、について知ることとなりました。 これらのことは、うすうすは知ってることでしたが、 あえて考えないようにしていました。 でも、これからは自分に嘘はつけないと悟りました。
うちの猫は引っ越すので飼えなくなったと捨てられ、 餓死寸前のところをボランティアの方に助けられました。 今はうちで幸せに暮らしている、と思います。 はたして、うちの猫だけが幸せでいいんだろうか? 私に猫を捨てた人を非難する資格はあるのだろうか?
動物も昆虫も大好きなのにその一方で肉を食べているのは、 矛盾している、と感じて、ヴィーガンになる決意をしました。
ヴィーガンになって良かった点。
心がいつも穏やかになりました。 スリムな体型を保てます。 肌が綺麗になった。 食費が安くすむ。
ヴィーガンになって困った点。
お付き合いで外食するとき。 食べ物をいただいたとき。 ヴィーガンであることを説明するとき、相手を傷つけないように細心の注意をはらい ます。
肉食していた頃の私は、いつも人に負けたくない、という気持ちでいました。 それが自家中毒のように自分で自分を苦しめました。 実際、私は恐い人という印象を回りに与えていました。 最近、仕事上のライバル達によく話しかけられます。今までなかったことです。 何かが変わり始めてる予感がします。
長くなりましたが、最後までおつき合い下さいまして有り難うございました。(戻る)
林一道(広島県)
ベジタリアンになってまだ3ヶ月です。手探りの食生活ですが豊かさを感じています。私の場合はこの世にネガティブを増やさないために菜食に徹しています。 わたしはヴェーダ・レイキを実践しているヒーラーです。ベジタリアンの生活を通して感じることは顕著にヒーリング効果が高いと言うことです。 こちらのホームページは大変参考になります。もっと多くの方が食生活に対して想像力を向けることが出来たらと切実に感じています。
これからもホームページの運営管理大変でしょうが、がんばってください。私もベジ実践を通して菜食の良さを普及していく所存です。(戻る)
為谷邦男(52歳、男性)
《痛風発作が私をベジタリアンにした》
私は生活習慣病予備軍でした。肥満一歩手前、血圧と血糖値が高目、尿酸値高過ぎでした。
それで一念発起。2004年の夏、やっと重い腰をあげました。
ウォーキングを始めたのです。週4日以上。これは現在も続いています。
ところが、2004年暮れから2005年正月にかけて痛風発作に見舞われたのです。
そこで「ブリン体の多い食べ物は食べなきゃいいんだ」と、単純に考えました。
インターネットで調べたところ、肉類と魚類がプリン体が多いことがわかりました。
ところが、それで私がいきなりベジタリアンになったか?と言うと、そうではありません。
なにせ肉や魚の加工食品は食べていましたからね。具体的には、ハム、ベーコン、ウィンナー、ソーセージといったものです。加工するとプリン体が少なくなるからです。
それと、チーズ、ヨーグルト、アイスクリームといったものも食べていました。
さらに、卵は毎日食べるようになってしまいました。なにしろプリン体ゼロですからね。
その後、いろんなサイトを訪れ、本を読むうちに、動物にも幸せに生きて天寿を全うする権利があるのだ、という事に気づかされました。
そしてこちらのサイト、『菜食のススメ』の、「と殺」の映像や、その他の画像が私を容易にベジタリアンにしてくれました。それぼど私にとって衝撃的だったのです。
ベジタリアンになって、体重が6キロ減り、以前はけなかったズボンがはけるようになりました。
血圧と血糖値が正常値内になりました。尿酸値はまだ正常値を超えていますが確実に下がりました。。
おかしな事に、私がベジタリアンだと知ると、
「え?肉食べないで大丈夫なの?」とか、「スタミナなくならないの?」などと、おかしな事を言う人がいます。
私の感覚では、
「え?肉食って大丈夫?」「どこか悪くない?」「疲れ易くない?」
などと思ってしまいます。それほど私の体調は絶好調です。
ところで、以前私は愛煙家でしたが、今や嫌煙家となりました。
こう言う人もいますね。
「肉は少しは食べた方がいいんじゃない?」とか、「少しぐらいなら食べても大丈夫だよ」と。
これがどんなに危険なことかは、次のように言い換えると、彼らにもピンと来ることでしょう。
「煙草は少しは吸った方がいいんじゃない?」
「少しぐらいなら吸っても大丈夫だよ」と。
煙草を吸っているからと言って、即、肺癌やその他の病気にかかるわけではありません。
同様に、肉食していてもすぐに大腸癌やその他の病気になるわけでもありません。
長い年月をかけて身体を蝕んで行きます。私は「煙草の危険度=肉の危険度」と認識するようになりました。
肉がはさらに悪い事には、未成年でも食べて構わない、という事です。
不思議な事に現在では、あれほど好んで食べていた、肉類、牛乳、乳製品に全く未練がないどころか、食べたいという気持ちも全然起りません。
ベジタリアンであることに誇りを感じるようになりました。
あの痛風発作に感謝しないといけないな。
ささやかながら、私はブログで菜食、動物の権利、その他健康関連の内容を発信しています。
近くにお越しの際には是非お立ち寄り下さいね。
携帯版
PC版
(戻る)
小次郎とユキ
もう覚えていない位前の子どもの頃から、動物を食べることへの違和感は抱いていました。
それが形になって意識されたのは、高校の授業で、畜産動物の屠殺の場面をうつしたビデオを見たときでした。
ベルトコンベアーのような機械に逆さまに吊り下げられた鶏たちが、死の瞬間に向かって動いていく場面…今でも目に焼きついています。
感受性の非常に鋭い動物たちにとって、その恐怖と苦痛はどれほどのものでしょうか!
考えただけでも、胸苦しくなります。
その頃から本格的に肉食への問題意識が高まり、肉の摂取量は減らしていましたが、本当にベジタリアンになったのは社会人になってからでした。
今の食生活になってからは、以前よりも心が澄んで安定していられるような気がします。
カウンセラーをしているので、こうした精神状態を保てる今のライフスタイルは、職業上も有益なようです。(戻る) |